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風・水・火・土を体いっぱいに感じて遊ぶ自然豊かな多摩川の冒険遊び場「きぬたまあそび村」

地域の力と様々なネットワークを生かして子供たちに外遊びの場を作り上げた「NPO法人せたがや水辺デザインネットワーク」の上原幸子さんにお話を伺いました。

(上原幸子さんプロフィール)
武蔵野美術大学教授。前職の広告制作会社にて、「警視庁マスコットキャラクター・ピーポくん」をはじめ様々な制作に携わる。学生時代から障害者支援やワークショップなどの市民活動に参加。以後フリーデザイナーとして活躍する傍ら、地域住民に呼びかけ1999年「砧・多摩川あそび村(通称:きぬたまあそび村)」、2002年「せたがや水辺の楽校準備会」を発足。地域を大切にした市民活動のオピニオンリーダーとして現在も活躍中。既に成人した3人の母親。


『きぬたまあそび村』


きぬたまあそび村

多摩川の土手を上ると眼下に広がる広大な河川敷に、突如現れる『きぬたまあそび村』その風景は、子供にとっては楽園そのもの。大きなシンボルツリーの周りに広がるように、水遊びが自由にできるポンプ式の遊べる井戸やビオトープ池や、学生と子供たちや地域のお父さんが一緒に作り上げたというツリーハウス等が存在する。その中で、虫を捕まえる子供、泥だらけになってはしゃぐ子供、プレーワーカーといっしょに煮炊きしたスープを食べる親子など、とても伸びやかに“場”を楽しんでいる姿が印象的です


上原幸子さん
NPO法人せたがや水辺デザインネットワーク 代表 上原幸子さん

「まちづくり」としての「きぬたまあそび村」を作るまで

多岐に渡る上原さんの活動の原点を教えてください。

上原さん:大学在学中は視覚伝達デザインについて学んでいました。指導教官の及部克人先生の授業で、世田谷の養護学校の子供たちに大型遊具を作り寄贈する活動をしていました。体を動かして遊ぶことができない障害を持った子供たちが、段ボールで作った遊具で、ちょっと体をユラユラして遊ぶだけで、きゃっきゃっとはしゃぐ姿を見て『遊び』に対する考え方が変わりました。ほんのちょっとした工夫でこんなに喜んでくれるのかと、とても嬉しかったですね。その頃に、大学の1学年先輩に初代プレーリーダー天野秀昭さんがいたことから、日本で初めて開園した羽根木公園のプレーパークに出会いました。また、障害のある方達と繋がって、ユニバーサルデザインを生かした世田谷区の福祉マップを制作するボランティア活動に参加するなど、世田谷の「まちづくり」に協力していました。また卒業後も広告制作会社で働きながらも、ライフワークとして障害のある方々と連携した活動を続けてきたので、世田谷の方々とは常に繋がっていました。


「きぬたまあそび村」を発足した経緯は?

上原さん:長男が小学校に上がる時に世田谷区に引っ越してきたのですが、その当時、ゲーム遊びがメーンで外遊びをしないのが子供たちの日常でした。その上、子供同士が学校でお互いの家に遊びに行くアポイントメントを取らないと放課後に友だちと遊べない状況を知り、とてもびっくりしました。そこで、地域のお父さんやお母さんと協力をして「子供たちが自然の中で自由に遊べる遊び場、プレーパークを作ろう!」と、1999年「きぬたまあそび村」を設立。立ち上げメンバーは小学校のPTAで一緒だった地元住民10名ほどでした。多摩川が近く自然に恵まれた環境なのに、平日は誰も遊んでいない……あまりにももったいない、ここに自然をテーマにしたプレーパークを作りたいと思いました。当時、多摩川の河川敷にある国直轄の未利用地を、地域の子供たちに還元しよう、と町会の方とも検討していたところ、時を同じくして、多摩川の整備計画が動き出しました。河川の自然を子供たちのために利用していきましょう!という国の法律ができ、河川敷の遊び場づくりが実現する可能性が生まれました。河川整備のためには、国土交通省の「水辺の楽校」プロジェクト(http://www.mlit.go.jp/river/kankyo/main/kankyou/gakkou/)にエントリーする必要性から「せたがや水辺の楽校」の発起人となり地域のさまざまな立場の人に協力を呼び掛け、「きぬたまあそび村」と「せたがや水辺の楽校」の2つの団体を運営して来ました。その後、2015年に2団体を統合する形で「NPO法人せたがや水辺デザインネットワーク」を設立しました。


地域ネットワークに支えられて、自然と集まってくる専門家たち

お母さん以外にもお父さんが関わることはありますか?

上原さん:お母さんは子育ての専門家ですが、お父さんも多様な専門家として参加してくれています。「こんなことやりたいね」と話していると、自然と集まってきてくれるんですよね。「井戸に子どもたちとタイル絵づくりがしたいな」と思っていたら、「うちの夫、タイル職人だよ」と言い出してくれた方がいたり、手伝いを買って出てくれたりと地域のネットワークに支えられています。NPOの運営もここに遊びに来ている人に有識者がいて手伝ってくれたり、環境の専門家の関わりがあることで川遊びや自然観察が可能になるなど、本当に多くの方に支えられています。


子どもたちと協力して制作したタイルを張ったポンプ式の遊べる井戸
子どもたちと協力して制作したタイルを張ったポンプ式の遊べる井戸

 

地域で子育て、みんなで子育て

上原さん:市民活動を常に横で見てきたので、自分たちで自分たちの生活圏を良くしようという強い思いを持った人が集まれば、何かできると確信がありました。学生時代にお世話になった方々にも不思議なご縁でつながることができ、実現に結び付きました。世田谷区は元々そういった「子供の環境を整えたい」との思いを持った方が多いみたいですね。プレーパークが日本で初めて区の委託事業になったのも世田谷区でしたし、官民協働や公設民営のスタイルが早い時代から確立されていたこともあり、この場所も区と運用協定を結び、委託事業にすることができたのだと思います。立ち上げ当時は子育て当事者が多かったのですが、現在は皆年齢を重ねてきていて、多世代が関われる団体になってきました。しかし一方で若い世代をお客さんにせず、どうやって活動の中心になってもらうかが今の課題です。


 

セミを取るために木に登るプレーワーカーと子供たち
セミを取るために木に登るプレーワーカーと子供たち


プレーワーカー“ミキちゃん”にインタビュー
きぬたまあそび村の“売り”は「場」が大事だと、この場だからできることを大切にしたいと思っています。プレーワーカーとしては子供の邪魔をなるべくしないように心がけています。メーンが子どもの遊びの場なので、これダメ!あれダメ!と止めることなく、子供たち同士で学んで欲しいと思っています。ケンカも子ども同士で解決するのを見守ります。

「きぬたまの家(うち)」とは?

上原さん:2014年に「きぬたまあそび村」から徒歩3分ほどのところに、あそび村ではまだ遊べない乳幼児のママを支援する、世田谷区地域子育て支援拠点事業、おでかけひろば「きぬたまの家」を開設しました。特に乳幼児を子育て中のお母さん達には「実家に来たみたい」と好評で、子育てにいっぱいいっぱいだった利用者のお母さんが、ここで涙を流された方もいました。そういった子育て中のお母さんたちの地域の拠り所として利用されています。一時預りも行っていて、ここでは「子育てサポーター」にスタッフをお願いしています。


子育てサポーターの手作りのイラスト看板
子育てサポーターの手作りのイラスト看板


利用者から支援者への循環の仕組みづくり

地域で働く仕組みづくり「子育てサポーター」

上原さん:乳幼児対象に、近隣の公園へ出かけて遊ぶ「プレーリヤカー(現・ちびたまあそび村)」を他団体と企画した際に、手遊びやお母さんのお話し相手をする、「子育てサポーター」という名のスタッフを作りました。子育てサポーターは、主にお子さんが大きくなったお母さんたちがスタッフになることで、地域に貢献でき、またわずかですがお給料も支払うことで、 “就労”を生むことができました。地域の少し先輩お母さんに「子育てサポーター」を担当してもらうことで、利用者の安心感にもつながりました。 また、「子育てサポーター」になったことがきっかけで、保育士の資格を取得し、仕事として確立することにも繋がった人もいます。子育てを経験したからこそできるアドバイスや、サポートが大切だと思います。今日の利用者が明日の支援者「子育てサポーター」として循環する形が出来上がってきました。外遊びと屋内の居場所をつなげ、赤ちゃんから学童期へと長く関わり、次世代を育てることが「子育てサポーター」の役割です。


今後の展望は?

上原さん:現在は週に3回開催していますが、今後はもっと回数を増やしていきたいです。行けば誰かがいる子どもの居場所でありたい、子供が遊ぶことで人がつながり「場」が生きると思っています。遊び場をつくり継続していくためには、行政と協働でないとできません。また、公共の場を整備するからには、すぐ立ち消えるような事業ではいけないと思います。市民活動の弱いところは人の循環がしづらいこと。循環するためには次世代にどう関わってもらうのかというのが課題となってくると常に感じています。若い人たちに活躍してもらうにはちゃんと仕事として成り立っていなくてはいけないので、運営がきちんとしなければいけないと思っています。 事業を続けていくために、任意団体であることに限界を感じ、NPO法人として整備しました。子育て支援には必要不可欠となる地域がつながる仕組みとして、「地域で働く」=「地域で暮らす」を実現したいと思っています。ここで働いているプレーワーカーのように地元の高校を卒業して、『きぬたまあそび村』で活躍してくれたら理想的ですね。


取材日のスタッフの皆さん。写真左から、本城晴美さん、上原幸子さん、工藤美紀さん、夏井美和さん
取材日のスタッフの皆さん。写真左から、本城晴美さん、上原幸子さん、工藤美紀さん、夏井美和さん