とうきょう子育てスイッチ 子育てキャッチアップ

冒険遊び場づくりを通じて遊びあふれるまちづくりを進めていきたい

特定非営利活動法人日本冒険遊び場づくり協会 代表の関戸まゆみさん
特定非営利活動法人日本冒険遊び場づくり協会 代表の関戸まゆみさん

子供達を取り巻く社会の大きな変化やゲーム機の普及などによって、子供が屋内で遊ぶことが多くなり、「外遊び」の経験がどんどん減ってきています。これは都市部の問題だけではなく、自然豊かな過疎に悩む地方でも同じことが起こっています。その中、子供達が屋外で火や水、泥などを使い自由に遊びをつくることができる「冒険遊び場(プレーパーク)」の重要性が増しています。 全国にある冒険遊び場づくりの支援事業を行う特定非営利活動法人日本冒険遊び場づくり協会 代表の関戸まゆみさんにお話を伺いました。


参加者から運営者 そして協会代表へ

関戸さんが冒険遊び場づくりに関わるきっかけは?

関戸さん:1983年頃、子供が小さい時に日本初の常設の冒険遊び場「羽根木プレーパーク」の近所に住んでいて、子供を連れて遊びに行きました。自然にある道具や火を使ったり、木登りをしたり泥んこになったりと子供達が思い思いに自由に遊べる当時でも珍しい場所で、私の子供もすぐに夢中になりました。そこで出会う子供や大人が魅力的な方ばかりで、私も場にどんどん惹かれていき、足しげく通いました。ある時に友人から一緒に運営してみないかと誘われて、子供と一緒に遊びに行きながら冒険遊び場の運営に関わることになりました。羽根木プレーパークができて20年経った1998年、初めての冒険遊び場の全国集会を開催することになりました。当時、何か所かで活動が始まっていることは分かっていましたが、正確な数や状況は把握されていませんでした。まだメールが発達していない頃で、電話、FAXで各所に連絡を取り、集会には約360人もの人が集まりました。集会はとても盛り上がり、この集まりをつなげて全国組織を発足しようと、1999年IPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会)日本支部の中に冒険遊び場情報室を立ち上げ、2003年、日本での冒険遊び場の生みの親大村虔一さんが初代代表となってNPO法人「日本冒険遊び場づくり協会」として独立しました。私は2013年秋から2代目の代表になります。


全国の冒険遊び場同志のネットワーク作りを応援

日本冒険遊び場づくり協会の役割は?

関戸さん:各地の冒険遊び場づくりをバックアップする存在として、さまざまな取り組みを行っています。年1回の全国フォーラムや3年ごとに全国研究集会と全国調査を実施しています。ホームページでは、全国の冒険遊び場を検索でき、つくりたい方向けの情報ページや全国調査の集計データを公開しています。また、理解を深めるツールとして、冒険遊び場の説明を分かりやすく書いたパンフレットや漫画の小冊子も用意しています。
「冒険遊び場をつくりたい」と、若いお母さん達が場所探しを始めると、地域の方から「どんなことをするのか?」「怪しい団体ではないか」と言われ、理解を得るのにとても苦労することがあります。そういった場面で信頼のおけるNPOがバックにいることや、冒険遊び場がヨーロッパで始まり、日本では40年も続いていて、今は全国各地にあること、子供達の育ちに関わる場であることを説明することで、地域の方から安心感や信頼感を得て話しを進めることができます。
近年は、地方にある冒険遊び場同士を紹介して、地域のネットワーク作りに力を入れています。困ったことがあった時に、東京にある事務所に相談するよりも、近くの少し先輩の運営者に聞くのが一番です。初めて開催する日に、近隣の冒険遊び場運営者達が自主的にお手伝いに入ることがよくあります。このような気兼ねなくお願いできる、頼りあえる関係性を各地の冒険遊び場づくりで深めて欲しいと思っています。


特定非営利活動法人日本冒険遊び場づくり協会 代表の関戸まゆみさん
「冒険遊び場づくりは『子供の生活圏にあること』『いつでも遊べること』『だれでも遊べること』『自然素材豊かな野外環境であること』『つくりかえができる手づくりの要素があること』を大切にしています」と語る関戸さん


迷惑をかけてもいい。助けてもらったらできる時に返していこう

冒険遊び場を運営していくと、運営者にはいろいろな悩みもでてきそうです。

関戸さん:いろんな人が集う場には、小さなトラブルは日常茶飯事。あって当然です。開催地域やメンバーにあわせたマイペースの活動で大丈夫。困ったことがあったら、いろんな人に話してみる。続けるのが苦しくなったら休んでもいいんだよと運営者の方にはお伝えてしています。年1回の開催から徐々に回数を増やしたところもあります。細くても楽しんで続けていくことが大事で、楽しそうなら一緒に動いてくれる仲間もでてきます。
 私は羽根木プレーパークの運営に関わってさまざまなことを学びました。「迷惑はかけて当たり前。その時にやれることをやっていこう。お互いさまだから」「だれかに助けてもらったら、今その人に返さなくてもいい。自分ができる時に他の人に返していけばいいんだよ」と。このような考えをしたことがなかったので、それからは気持ちがすっと楽になりました。子供を見る目が厳しくなっている今、子育て中のお母さん達が気軽に集える場であり、場づくりにも参加したくなる冒険遊び場が増えてくるといいですね。


外遊びで子供達が元気に 被災地支援に遊び場を

東日本大震災、熊本地震への復興支援を行っているとお聞きしました。

関戸さん:私たちは東日本大震災で被害が大きかった宮城県気仙沼に、遊び場をつくりました。現地で遊ぶ姿を見たり、地元の方の話から、子供が普段体を使って遊んでいないことがわかりました。自然豊かな地方でも、子供達の外遊びが減っています。特に被災地では、遊ぶ場所が避難所になったり、立ち入り禁止になったりと、子供の遊びに更に制限がかかります。遊び場づくりは子供だけでなくいろいろな世代の人が集う、地域復興の場にもなっています。熊本地震の復興支援に「プレーカー」(車に遊び道具を積んだ移動式遊び場)を現地の団体に寄付しました。「遊びの力」で被災地を応援し続けていきたいです。


特定非営利活動法人日本冒険遊び場づくり協会 代表の関戸まゆみさん
子育て中冒険遊び場で知り合った人に、子育ての悩みを話したことは数知れず。「『うちもそうだったよ』『大丈夫』と何回も励まされました。いろいろな子供、異年齢の子供達を見られたことも大きかったですね。」(関戸さん)


日本冒険遊び場づくり協会のこれからの展望を教えてください

関戸さん:私達のキャッチフレーズ「あそびあふれるまちへ!」は、公園や冒険遊び場の中だけではなく、街中に遊びが溢れて、子供も大人も活き活き過ごせる場所になって欲しいという思いが込められています。
今までは、既存団体の応援に力を入れてきましたが、これからはもっと各都道府県に冒険遊び場づくりを勧めたいと、各地域に働きかけています。協会がどなたかにお願いするのではなく、自主的に「冒険遊び場をやってみたい」と手をあげて欲しいと願っています。


新宿・戸山プレーパーク
取材場所の新宿・戸山プレーパーク。都会の真ん中にある緑豊かな公園が拠点。見上げるほどの高い木に長いロープでできたブランコがつる下げてあり、この日も親子が楽しんでいた


 

※冒険遊び場(プレーパーク)
1940年代にデンマークで生まれ、自然素材や廃材などを使って、子供が「遊び」をつくり、大人が子供達の遊びを見守る野外の遊び場のこと。
日本では、1970年代に一組のご夫婦から活動が始まり、2016年2月現在、全国でおよそ400団体が冒険遊び場づくりに取り組んでいます。その多くは親など市民が主体となり、「自分の責任で自由に遊ぶ」をモットーに、公園の一角などを使って行われています。


※とうきょう冒険遊び場MAP
とうきょう冒険遊び場MAP

とうきょう冒険遊び場MAP


東京都内各地には67の冒険遊び場があります(2016年2月現在)。
日本冒険遊び場づくり協会では、「とうきょう冒険遊び場MAP」を作成し、子育て支援関係の施設などに配布しています。
日本冒険遊び場づくり協会のホームページに、東京都内各地の冒険遊び場を検索できるページがあります。
http://bouken-asobiba.org/map/

日本冒険遊び場づくり協会
http://bouken-asobiba.org/